カルメンの国際結婚雑記ブログ

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北海道でのお葬式の費用はどの位だったか?(道東)

こんにちは。カルメンです。今回は、北海道で(道東)かかったお葬式の費用がどの位だったかお伝えしようと思います。

 


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北海道でのお葬式の費用はどの位だったか?(道東)

 

※単位:円

 

支出

戒名料:100,000

お布施:150,000

足袋料:3,000

お車代:10,000

 

祭壇料(香典返しと忌中引含む):467,476

 

会館使用料:25,000

 

貸し布団代:(4人分):5,184

 

買い物代(お菓子や飲み物など):21,781

 

弁当代(二日間計72食分):36,000

 

印刷代(会葬礼状葉書き100枚):4,860

 

遺影代:30,000

 

菓子代(祭壇用):2,200

 

果物代(祭壇用):1,814

 

合計:857,315円

 

 

 

収入

香典:487,000

 

 

支出-収入

 実際に私たちが支払った金額:370,315

 

北海道でのお葬式の費用はどの位だったか?まとめ

実際には、このあと、大変お世話になった自治会に3万円、地区会に2万円ほどお礼としてお渡ししています。お花のアレンジは一つ1万2千円でした。

 

お弁当は、親族のためと、お手伝いしてくださった方たち(25名)のためだけでした。香典返しは540円のものを60個、忌中引は3240円のものを25個用意しました。

 

葬儀代の中には、遺体の搬送料(25,298円)や亡くなってから葬儀までのドライアイス代(5日間、28,080円)、仏花(5,400円)なども含まれていました。

 

60名位の方たちが来てくださいました。北海道は助け合いの精神が強く、何から何まで助けていただき、滞りなくお葬式を終えることができました。感謝の気持ちでいっぱいです。 

 

 

 

ダイアモンド・ダストが見られた北海道、弟子屈の2月

こんにちは。カルメンです!今朝はダイアモンド・ダストが見られたのでビデオを撮ってみました。すごくきれいだったのですが、私の技術力が劣っていて、うまく伝わらないかな…


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ダイアモンド・ダストが見られた北海道、弟子屈の2月

ダイアモンド・ダストが弟子屈(てしかが)で2月13日の朝、見られました。


ダイアモンド・ダスト(北海道、弟子屈、2月)

 

雰囲気だけでも味わっていただけたでしょうか?実際に見ると、キラキラとそれは綺麗です。

 

2月13日は父のお通夜の日で、午後4時に父の棺が運び出されます。父が自宅にいられる最後の日の朝、ダイアモンド・ダストが見られたというのは感慨深いものがあります。

 

父が永眠して病院から自宅へ連れてきた日と次の日には、すぐ近くまで鹿4頭が来て(日中)、自宅前の川にはマガモのつがい、餌を置いているところには、アカゲラやカケス、シジュウカラゴジュウカラなど、次々にたくさんの鳥たちが来ました。

 

餌をあげていた人が死んでしまったのがわかるのかな?なんて思ってしまいました。今は、キツツキが家の壁をトントンたたいています。

 

ダイアモンド・ダスト・まとめ

 ダイヤモンド・ダストは条件が揃わないと見ることができないそうです。雪ではありません。よく晴れた朝で、気温がマイナス10度以下であること、水蒸気が昇華していることが条件です。細氷(さいひょう)と言って、小さな氷の結晶が日光により、輝いて見えるのです。 

 

 

肝臓がんと肝硬変と闘った父の死

こんにちは。カルメンです。肝臓がんと肝硬変と闘った父が静かに息をひきとりました。病院から電話が来て午前3時に外へ出たら、外気温マイナス29℃という寒さでした。 


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肝臓がんと肝硬変と闘った父の死

肝臓がんを宣告されたのは1年と4か月前でした。もともとC型肝炎ではあって、それから肝硬変にもなりました。

 

89才だった父は、ついこの間まで一人で何もかもやって生活していました。

 

最近は転びやすくなっていて、3か月前に老人会で温泉旅行に行ったとき、転んで頭と胸を打ち、それから「なんか調子が悪いんだ」と言っていました。

 

その後ベッドから落ちてもう一度胸を打ち、自分で救急車を呼び、入院しました。

 

それからしばらくして頭に血がたくさんたまり、脳がなすのような恰好になっていたときは昏睡状態に陥っており、緊急で脳外科手術を受けました。

 

今考えると、肝臓が悪くなっていて、出血しやすい状態になっていたのだと思います。

 

手術後、めきめき元気を回復したと思っていたのに急に食欲が減りだしました。

 

腹水がたまるようになり、利尿剤も処方され、しょっちゅうトイレに行くようになりました。

 

病院でまたベッドから落ちて、頭を何針も縫って、足元がおぼつかない状態でしたが、病院の壁にある手すりを伝って、トイレにはいつも自分で行っていました。

 

北海道で一人暮らしをしていた父を見舞って妹や弟が関東から駆けつけていましたが、彼らが北海道を去るときに、入れ違いで私が住んでいるオーストラリアから父のもとへ来ました。

 

父の主治医が、「今は退院できる状態」であると言われているとの情報を得て、家に受け入れる家族がいれば退院できると思ったのです。

 

折角父を退院させようと張り切って日本に来たものの、病院はインフルエンザの影響で面会禁止となっていて、1週間は父と会えませんでした。

 

父はインフルエンザにかかっているわけではなかったので、何度も病院側と交渉して、やっと父を家に連れて帰ることができることになりました。

 

父は病院で私と面会し、退院することを聞くと、最初は「ダメだよ」と言いましたが、次に「やってみるか?」と言い、「そうだな、家に帰ればやりたいこともいっぱい出てくるだろうからな」と言いました。「家に帰った方が元気になるな」とうれしそうに言ってくれました。

 

 私もそう思っていました。看護士さんから、筋力がないから退院はまだできないと言われたので、筋力の問題なら、家での方がリハビリにはいいのでは、と思ったのです。

 

それは私の妄想に過ぎなかったのだと気が付いたのは、それからずっと後のことでした。

 

 私は、父がトイレに行きやすいように、ソファーの背もたれを支えて行けるよう、ベッドからトイレまでの動線を確保しました。

 

父は、私が通販で購入した四点づえが届くまでの二日間は、杖なしでトイレまでも、ベッドからテーブルまでも移動できました。

 

父が欲しいと言った、おかゆと梅干を用意したり、近くの店まで炭酸ジュースを買いにいったりもしました。

 

四点づえが到着すると、「これ、具合いいな」と言って使いながらトイレに行ったり立ち上がったりするようになりました。

 

食べ物は少しだけしか食べてくれませんでしたが、だんだん食べる量も減っていきました。歩いたり、立ち上がるのも、私の援助が必要になってきて、本人も「ちっともよくならんなあ」と言いました。

 

トイレに行く頻度は夜も1時間から2時間に1回になり、夜は全然眠れていない状況になりました。結局家にいれたのは5日間だけで、再度入院することになったのです。

 

最後の日は、朝の3時半にかろうじて私も支えてトイレに行けましたが、朝の6時には、必死の思いで立ち上がらせても、歩くことはできなくなっていたのです。

 

おむつにしてくれといくら頼んでも、何としてでもトイレに行こうとする父は、その朝、食事もいっさい受け付けてくれませんでした。

 

急激に悪くなったのです。病院に連れていって、私は涙腺が壊れたかのように泣き続けました。

 

それから12日後の今日、父は息を引きとりました。父は今まで、一度も痛みや苦痛を訴えたことがありませんでしたので、それだけが救いでした。

 

ところが、昨日だけは違いました。激痛に耐え、本当に苦しそうな声を出し続け、見ていて涙が止まりませんでした。初めてモルヒネも使いました。

 

妹と弟も来ていたのですが、父がやっと寝たので家へ帰りました。夜2時20 分に病院から電話があり、外へ出ると、なんと、マイナス29℃と、この冬一番の寒さですごい寒かったです。

 

午前3時過ぎ、病室に行くと、父は酸素吸入をしていて、目を開いたまま、まばたきもしない状態でした。血圧が計れないほど低くなっているということでした。

 

父はあごを動かしながら一生懸命呼吸していました。手を握っていると、時々少し手が動いていました。呼吸の仕方がだんだん弱くなり、午前5時に父は息をしなくなりました。

 

主治医が来てくださり、父の死を確認してくれました。死亡時刻は5時12分に。 

 

肝臓がんと肝硬変と闘った父の死と向き合って

退院していた少しの期間に父は2度、「サンキュー。どうもありがとう」と言ってくれました。退院していた期間にどんどん悪くなっていったから、退院させたせいで悪くなったのではないかと、自責の念にかられましたが、今は、父の言ってくれた言葉に支えられて、退院させて良かったのだと思うことにしています。

 

今、隣の部屋に父がいます。野鳥がたくさん、餌を食べに来ていました。父が帰ってきたのを知っているかのように。

 

パンタナール・ブラジルの湿原地帯の面白い話

こんにちは。カルメンです!今回は、カルメンの父・明のノートから、ブラジルのパンタナールの面白い話を抜き出して記載してみようと思います。パンタナールって湿原地帯ですね。動物など自然の宝庫です。ピラニアの話なども。 


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パンタナール・ブラジルの湿原地帯の面白い話

パンタナールは日本の陸地面積の3分の1の大きさの湿原地帯です。当然、道はない。所々に島があり、人間が少しだが住んでいます。その交通手段は今はフロート付き飛行機で、トケトケと言います。

 

 そこは、動物と植物の宝庫です。しかし蚊の存在はすさまじいばかりで、物を言うのに口を開いて話すと、口中蚊でいっぱいになります。

 

 家は網戸が完備していますが、その家全体をとり小屋用の網のかごで包み、二重にすることでやっと住めます。

 

サバンナに住む動物は例外なく、毛を密生させることで進化してきています。人間が森を出てサバンナに進出したという人類進化学の説明は、パンタナールに行くとあやしいと思えてくる程、蚊の存在は大きい。

 

もっとも朝早いと蚊はいないので、その間に川で釣りをすると、ピラニアがいくらでも取れる。あの恐ろしいことで有名な肉食魚も食べてみると、特に天ぷらにすると、実に味がたんぱくでおいしいものです。

 

 ワニ(カイマンという)はいっぱいいて、そのワニの密猟者が大勢いて世界中にワニ皮を売っています。

 

 ブラジルは大河が多くあり、電力はすべて水力発電で十分であり、世界の大国で、唯一原子力発電所がありません。

 

 大河でもアマゾン川は幅も大きいが、深さがすごく、雨季と乾季で水位が10~20mも変わります。その水が優れて良い水である証拠に、川辺に生えている木々は、雨季には完全に水没して、半年経って出て来るときには、青々と繁っていて枯れないことでもわかります。

 

 雨季にはパンタナールは更に水が大きくなって、ほとんど湖の様になり、所々わずかに島があるような姿となります。

 

パンタナール・ブラジルの湿原地帯の面白い話・まとめ

カルメンの父・明はブラジルに5年位住んでいました。私も旅行で2回程ブラジルに行ったことがあり、そのとき、ツアーでパンタナールにも行きました。

 

カピバラという動物がいました。↓こんな動物ですね。

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パンタナールの景色はこんな感じでした↓

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ラニアはこんなお魚ですね↓。手の平サイズです。

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機会があったら行ってみてください。日本にないもの、目白押しです! 


 

ブラジルの工業力・国土が広すぎて航空機じゃないと…

こんにちは、カルメンです!今回は、ブラジルの工業力について、カルメンの父・明のノートから書き写してみます。国土が広すぎて航空機じゃないとどうしようもないようなブラジルの一面です。


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ブラジルの工業力・国土が広すぎて航空機じゃないと…

ブラジルの工業は、その精度が一流であることに特徴がある。まず国内は国土の広さから、航空機の便が網の目のように張り巡らされていて、その国内使用の旅客機がすべてブラジル製であり、事故はない。

 

その航空機の利用法はバスと同じで、バスに乗るときに自動切符売り場で切符を購入して乗るのと同じく、自動切符売り機から切符を買って、入ってきた航空機にバスと同じように乗り、時間が来ると飛行機は出ていく。

 

切符はカウンターでチェックして購入するのではなく、バスと同じ方式で乗り、席は空いているところに座る。まるでバス並みで、次々に航空機の発着がある。

 

イタイプーの水力発電の超大型タービンもブラジル製である。タービン羽根は作るのが難しく、それが大型化するとさらにタービン羽根のカーブの精度が必要となるが、全部自前である。

 

販売している工作機械の精度は見るからにすばらしい。今やいろいろの国に戦車も販売している。

 

自動車はアルコールで走っている。最近油田が見つかったが、石油がないのでアルコールを砂糖キビから作り、車はすべてアルコールを燃料とするので空気のコンタミネーションがない。

 

ブラジルの空港を出た途端、空気の臭いの違いに気付く人も多いと思う。ただ、アルコールはガソリンよりも燃焼温度が高いために車のエンジンの耐久性は少し短くなる問題はある。

 

冬はアルコールだと点火しにくくなり、一部ガソリンを使用するようにしてある。

 

 ブラジルの工業力・国土が広すぎて航空機じゃないと…まとめ

私もブラジルに行ったとき、空港の外に出た途端、空気の臭いが違うことに驚いたのを覚えています。ブラジルって日本からめっちゃ遠いし、私が以前住んでいたメキシコからもすっごく遠かったです。メキシコは北半球ですしね。ブラジルは南半球。遠い国のお話でした。

 

カルメンの父・明がブラジルに住んでいたのは実はもう、20年以上前のことなのです。だから、情報が今と違うことがあるかもしれません。でも、案外、いまだに変わってなかったりするかもしれませんね。

 

私も昔、リオ・デ・ジャネイロからアマゾンのマナウスまで、各駅停車みたいな航空機に乗らされたことがあって、10駅位停まって目的地に着いたことがあります。いまだにあの各駅停車航空便もあるんじゃないかな~なんて、想像いたします。

 

ブラジルのバイア地方の軽便鉄道の話・終点には何があったか

こんにちは。カルメンです!今回は、ブラジルのバイア地方の軽便鉄道の話です。カルメンの父・明のノートからです。もちろん、父の許可はもらってます。  (^^)


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ブラジルのバイア地方の軽便鉄道の話

バイア地方に行くと広すぎて土地に高低差がありすぎ、森林が多い。ブラジル全体が似たようであるが、バイア地方であった面白い事を話します。

 

海岸地帯の一面の森林地帯に、木材輸送用の軽便鉄道が走っています。トロッコに近い車体ですが人を乗せる鉄道もあります。その鉄道に乗ってバイアの高地に行ってみることにして乗ったのですが、トコトコ走る感じのゆっくりした旅となりました。

 

ところが奥地に入り上りになると、皆降りろと言うのです。

 

機関車はマキを焚いているので力が不足しているので乗客はしばらく坂道を歩いてもらう事になりましたが、さらに丘の近くで坂が急になると、乗客が車体を押すように言われ、しばらく皆で車体を押して、やっと丘の上に来てまた皆乗ることができました。

 

その後、丘の上をしばらく走ると途中で止まったので何かと思ったら、がけ地に家があり、一応駅でありました。プラットホームはない。

 

その田舎の駅を出て片側〇〇と下りのがけ地の森林を走ってやっと終点に着きました。別に駅舎はない。広場の中央です。

 

降りて歩くと、なんとそこには桜並木の道です。だから日本人がその田舎町にいることがわかりました。

 

その田舎町には感謝しました。まさにアンデルセンの童話に出てきそうな中世のヨーロッパの町並みで、平屋しかない町です。

 

角の店に入ってみると、チョコレートの店で、そこの町はチョコレートが特産だと言ってました。

 

更に、店員の娘はヨーロッパ人の娘で、ブラジルでなく、ヨーロッパに行ったような気分で、町全体が昔のヨーロッパそのままの感じで、アルプスの少女というマンガの世界にいる様な感じでした。

 

町に2階の建物が全くない、平屋の集合体です。

 

日本人は町のはずれにいるとの事で、訪ねたところ、そこは養老院で、日本人の老人ばかりがひっそりと生活していました。

 

カトリックの尼僧が世話をしていました。庭には日本から持参した桜や柳が生え、老人がひっそりと生きていました。キリスト教の偉大さに頭が下がる思いでした。

 

ブラジルのバイア地方の軽便鉄道の話・終点には何があったか・まとめ

 ブラジルにはたくさんの日本人が入植しています。南半球の日本から遠い遠いブラジルの奥地で、忘れられたかのようにひっそりと生きていた日本人を父は目にしています。

 

父が80代になってから書いたもので、できるだけ手を加えずに、そのままの表現で書き写してみました。

 

その父は今、病院に入院して、がんと闘っています。〇〇となっているところは、読めなかった部分です。父の状態が良さそうな時に、聞いてみれたら聞いてみます。

 

弟子屈(てしかが)の冬・摩周湖近辺の一月

こんにちは。カルメンです!今回は、今いる北海道は弟子屈(てしかが)の冬・摩周湖近辺の一月と題して、真冬の北海道を写真でご紹介いたします。 


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鹿の足跡がたくさん!

 弟子屈(てしかが)の冬・摩周湖近辺の一月

 

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日の出

 

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霧氷です!

きれいですよね。

 

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この辺りは温泉が出るので霧氷ができるのです

 

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誰が作ったのかな?

 

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鹿が歩き回ってましたね

 川にクレソンとかが生えていて、それを食べに来ているみたいです。

 

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シジュウカラ

 

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アカゲラ

真ん中辺にアカゲラがいます。左上の方のはシジュウカラかな。ゴジュウカラかな。

 

 

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シジュウカラ

 

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すごい雪

 

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 鳥の餌が雪で埋もれてしまいました。

 

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屋根の雪が…

 

弟子屈の冬・摩周湖近辺の一月・まとめ

少しの間に霧氷も樹氷も見れました。ずいぶん吹雪いてました。すごいですね、弟子屈の冬。雪かきが半端ないです。

 

写真には取れませんでしたが、えぞりすも見えました。えぞ鹿も足跡が残っているし、寒いけど、摩周湖近辺の自然、すばらしいです。